中学校にマイコンとセンサーがやってきた

abee22012-12-23

かつて中学校の技術・家庭科といえば、男女に分かれて、男子は木工やはんだ付けなどの生産技術、女子は裁縫や料理などの家庭生活を支える技術を学ぶものだった。現在の技術・家庭は男女とも同じ内容を行う。おもに技術分野と家庭分野に別れており、さらに技術分野では、「A 材料と加工に関する技術」、「B エネルギー変換に関する技術」、「C 生物育成に関する技術」、「D 情報に関する技術」を習得することが求められている。

2008年3月28日に改訂された新学習指導要領では、「D 情報に関する技術」のなかで「プログラムによる計測・制御」が必修となり、4年間の先行実施を経て、2012年4月から完全実施されている。猶予期間があったとは言え、ものづくりが中心だった現場にはコンピューターやプログラミングに対する戸惑いもあるようだ。その実情を知るために、東京都板橋区上板橋第二中学校の2年生の授業を見学した。

授業は、2012年12月21日の6時間目にパソコン室で行われた。指導は新村彰英教諭、対象は約30人のクラスである。これは全6回(1週間に1回、各50分)の「プログラムによる計測・制御」の最終回にあたる。


写真1 授業が行われたパソコン室。Windows Vistaが使われている

ぱらぱらと集まってきた生徒は慣れた様子でラックの中から車型のロボットを取り出し、決められた席に座る。このロボットは、プラスチック棒のフレームで作られた簡単なもので、DCモーター1個で前後に動くようになっている。その両端にはそれぞれ上向きに光センサー(CdS)があり、マイコンボード(ちっちゃいものくらぶNanoBoardAG)の抵抗センサー端子につながっている。同様にDCモーターは、NanoBoardAGのモーター出力端子につながっている。


写真2 車ロボット。左に見えるのがNanoBoardAG

席についた生徒は、新村教諭の指示でPCとロボットをUSBケーブルで接続し、制御用のソフトウェア「Scratch」を起動した。
Scratchは米マサチューセッツ工科大学(MIT)が開発したビジュアルプログラミング言語だ。Scratchでは、命令となるブロック型のアイコンをマウスで組み合わせることでプログラムを記述する。キーボードのタイピングが不要で、原理的に文法エラーが生じないため、小学生でも簡単にゲームやアニメなどを作成できる。また、PicoBoardという外部センサー(光、音、抵抗、ボタン、スライダー)を使うためのブロックが用意されており、LEGOのMindStormsに似たWeDoというロボットキットを制御するブロックもある。NanoBoardAGは、Arduinoをベースにハードウェアとソフトウェアを拡張しており、PicoBoardとWeDoをエミュレートできるので、これらのブロックを使うことができる。


写真3 Scratchの画面。ブロックを並べてプログラムを書く

生徒は、これまでの授業でScratchのプログラミングをある程度マスターしている。今回のゴールは、車ロボットに手をかざし、その方向に車を走らせることだ。
新村教諭は、プリントを配り、前後の光センサーのそれぞれについて、手をかざしたときとかざしていないときの値を記録するように指示した。Scratchには監視版という機能があり、リアルタイムに各センサーの値をモニターできる。
最初の課題は、これを閾値として条件分岐させ、画面に表示されているネコの絵を左右に動かすことだ。


写真4 新村教諭の説明

10分ほどの演習で、何人かが完成した。新村教諭は、その生徒のプログラムをプロジェクターで投影し、生徒自身にプログラムの説明をさせた。同じ課題でも、ネコの向きを変えて歩かせたり、直接x座標を操作したりなど、異なる解法があるのが面白い。
これを受けて、他の生徒もプログラムを完成させ、いよいよ本番となる車ロボットに取り掛かった。今度は光センサーの値を閾値にして、モーターのオンオフと回転方向を制御することになる。ただし、画面の中のネコと違って、現実世界のロボットは、暴走して机から落ちたりする。そのため、木製のスタンドで車輪を浮かせて試行錯誤しやすいようになっていた(さすが技術の先生)。


写真5 試行錯誤中。実際に手をかざして振る舞いを見る


写真6 まったく違うことをやっている生徒も

しばらくしてから、さきほどと同様に何人かの生徒を選び、プログラムの投影と説明を行った。中には、前後の動きを独立したプログラムにして並列に動かしたり、車を走らせながら吹き出しでしゃべらせたり(車の向きでセリフが変わる)などの工夫もあった。また、ある生徒が見つけたアイデアが教室内で伝播していく様子が見られたのも興味深い。
たちまち時間が過ぎ、ほぼ全員が完成した頃に授業も終了となった。


写真7 プログラムの例。並列処理になっている。なぜか大量のセリフが

新村教諭は「プログラムによる計測・制御」の実施が決まって、いろいろな教材を検討した結果、見つけたのがScratchだったと言う。Scratchは、指導案や簡易言語とセットになった市販の教材と比べて自由度が高く、コストも低いことが決め手だったとのことだ(Scratchは無料でMITのサイトからダウンロードできる。NanoBoardAGはキットで1,500円から。端材を使った車も含めて1人あたり全部で2,000円以下)。生徒が面白いと思うポイント(前記の吹出しや視覚効果など)をよく研究して組み込んでいることも評価できる。新村教諭は、他の単元で必要だったタイマーを作るためにもScratchを活用している。

一方で、技術・家庭の時間数は週1回に減っており、その時間内で前記の広範な内容を学習することが求められている。そのために生物育成と計測制御を組み合わせるなど、教員も工夫して対応している。今回の授業は、フィジカルコンピューティングの入り口に立ったところで、時間があればもっと面白いことができるだろうと感じた。ここで終わるのは実にもったいない。
技術・家庭は中学校の授業の中で、もっともMakeの方向性に近い。将来のMakerを育てるために私たちもできることがあるのではないかと考えながら、学校を後にした。